「からだバー誕生秘話」カテゴリーアーカイブ

誕生秘話 その4

2.協会を廃止したこと
ツバエクササイズ協会のちにツボエクササイズ研究会

協会が設立され研究会と変更になり
実際に何年運営されたのか把握しておりません
あくまで想像ですが5年くらいでは?と

研究会が消滅したのは
ツボエクササイズの普及ができなかったから
この理由に尽きる

しかし
ここからが重要

何故普及できなかったのか
この何故?が重要である

現象と原因です

ツボエクササイズが普及できなかったのは
消滅した原因ではなく現象なのです

で、あればその原因は?

中村氏曰く
当時、アクティブ系のプログラムが盛んであり
オリエンタル系は、ほぼ皆無
時代が早かった

そして、ここからは梅村の想像ですが・・
ツボ・経絡・東洋といった知識は
インストラクターにとって未知な世界
漢字の読み方から覚えないとわからない

再現性という性質が
ツボエクササイズは難関であった

簡単に言えば
中村氏と同質のレッスン提供が
認定インストラクターにはできなかった。

これが原因である・・・と思った

消滅したのは必ず原因がある
その部分は梅村なりの解釈をし
ある決断をした

 

3.今後、梅村がツボバーを復活させても良いのか
当初、ツボバーの○○権利を中村氏が持っていたが
それを手放したので、その時点で誰が作っても問題がないとの
事でした。

中村氏と2時間程を話、その後も再度確認のために
お会いさせて頂き、梅村がツボバーを復活する事や
今までと全く違う使い方をしても何も問題はなく
逆に、協力をしますとまで言って頂きました。

既に権利とかは中村氏はもっていなかったので
中村氏に許可を取る必要がないのは事実だが
やはり開発者なのでお伝えしておきたいという
思いがありました。

これで、気持ち的にもすっきりし
これで実行に移すことができました

 

まず
考えたのが
ツボバーは、ツボで難関だったので
ツボという概念を取り外し
からだを使うという概念を取り入れ
名称をツボバーからからだバーという名称に変更した

下記にように仕様も変更した

左がからだバー  右がツボバー
ピンの数の違い
4つから2つに変更

大きさの変更


からだバーに滑り止めをつける


曲がる角度を広くした


従来のツボバー
ツボを押すための機能性重視


ツボバーから名称・仕様の変更
緑色のクッシュンをなくす

これによって
身体のものさし『からだバー』の誕生


ツボという言葉をなくし
木圧(モクアツ)という名称に変更し
プログラムは
ツボ押しではなく
からだを使うプログラムを開発し
オプションで
木圧(モクアツ)を取り入れた

 

ツボバーから
プログラムも含め
リメイクしたのが
からだバーであり
からだバープログラムである

ここに至るまで
2年の歳月がかかりました

このような経緯で
からだバーが誕生したのである

 

誕生秘話 その3

ツボバーと約15年間共に歩んできました(笑)

その間、36歳で現役引退してからデスクワークが多くなり
ツボバーを使い身体をほぐす時間が多くなり
一層仲良くなりました。(笑)

長年連れ添うと
感情の変化が徐々に表れてきました。

今までと違った感情が芽生えてくるのが
自分でもはっきりとわかりました。

今までは
自分の為に使用してきました。
この素晴らしいツールを復活させたい!

よし!やるぞ!と決断いたしたのが
2013年頃でした。

まずは
現在、どこかで製作していないのか
様々な手段で探しましたが
作っていないのがわかりました。

協会が消滅後
どこかの会社がツボバーを真似て作っていた時期があった事が
わかりましたが現在製造中止していました。

ツボバーを復活させる為には
2つの事を手がけていかないといけない

1.ツール製作
2.プログラム製作

しかし
その前に重要な事がありました
それは・・・
開発者の中村慎二氏に会って
お話をさせて頂くことです。

やはり
ツボバーは中村氏があってこそ
この世に生まれたものなので
中村氏に会って話をしていくことが
道理だと思い10年ぶり?くらいに連絡をし
お会いする事になりました。

こちらが中村慎二氏です
photo_nakamura
※画像は元気工房からお借りしました
019-2
※実際にツボバーを指導している中村氏

実際にこちらのスタジオに伺って
いろんなお話を聞かせて頂きました。

約10年振りにお会いしましたが
中村氏は年をとらないのでは?というくらい
以前のままのお姿でした。

そして
変わらず気さくでユーモアたっぷりの中村氏
そのお陰で私も緊張がほぐれてお話をする
事ができました。

お話をした事を大きくまとめると3つのことです
1.ツボバー製作のこと
2.協会を廃止したこと
3.今後、梅村がツボバーを復活させても良いのか

1.ツボバー製作のこと
通常、ツールを製作する場合、業者さんに設計をお願いするのですが
な、なんと中村氏は自分でCAD(キャド)を使って設計をしたという。

キャドというのは、パソコンで設計図をかくソフトの事ですが
そのソフトの使い方と設計の仕方も全て独学で行なったらしいです。
さすが!というより、驚きです!!!!

当時の業者さんは
中村氏のこだわりで木製=手作り=職人という方程式があり
北海道の職人さんに依頼をしたという。
しかし、コスト高で販売しても利益が数百円程度しかなく
最初は、物販で売上げをあげるのではく、プログラムで売上げを上げていこうと
考えていたのでそれでも良いと考えていたという。
しかし、利益が数百円しかない事と、手作りなため生産が間に合わないといった理由で
途中から台湾の工場に依頼先を変更したとの事です。

これで2つの課題(コスト・生産)をクリアできると思ったのはつかの間
新たに別の課題が勃発!

中村氏曰く
台湾工場での製作なのでコストを下げる代わりにロット数が多くなり
在庫を持たなければいけなくなった事(ロット数3000本以上)

コストが下がれば利益がでるのだが、ロット数が3000本なので
その分の支払にまとまった金額が必要になったことは資金的に厳しかったとの事

在庫を置いておく為に倉庫を借りると経費がかかるので
最初は、自宅に3000本のツボバーを置いていた。
そのせいで自宅には足の置き場がなく、奥さんによく怒られたのと事です(笑)
そして、毎日、ツボバーと一緒に寝てたらしいです(笑)
解決⇒ ㈱ヒ●リスポーツに業務委託をし、在庫管理・発送など全て管理を依頼した

初めて台湾から納品されて商品チェックすると
異常に不良品が多く、それを解決するために実際に台湾工場に行き
工場のラインで担当している数十人の方に一人ずつ作り方を教え
不良品が出ないように教育しに何度も何度も足を運びいったとの事
解決⇒ 不良品の割合が通常になった

その4につづく

 

 

 

誕生秘話 その2

協会が消滅したという事は
プログラムのブラッシュアップがされない状態
になるという事です。

ツボバーレッスンは
ノリでいけるアクティブなプログラムでない上に
ツボの事を凄く勉強して参加者にわかり易く
楽しく伝えることをしていく必要があります。

他のプログラムと明確な差別化が出来ているがゆえの
問題が出てしまいました。

協会が消滅した上に
プログラムが進化していかない・・

スタジオプログラムから
ツボバーが無くなっていくのは
そんなに時間がかかりませんでした(泣)

備品で購入したツボバーをどうしようと
考えた結果、廃棄するのが勿体無いというだけの
理由で今後全く利用しないにも関わらず
倉庫に置いておきました。

ただ、個人的にツボバーを凄く気に入っていましたので
自分のデスクの側に1本だけ置き
身体の疲労が溜まった時など
周りの目を気にせず突然立ち上がって
ツボを押してました。(笑)

背中を掻きたい時に役に立つ猫の手
違った!孫の手!(笑)

2MRW55001

身体をほぐしたい時に役立つツボバー
↓平成12年頃製造 ※台湾製

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緑のボールは、柔らかい素材で
ツボを押す時にクッションにする為に
バーにはめ込むようになっています。
20170118_141747

『TUBOBAR』と刻まれています。
20170118_143540

ピンが4つありますがネジで取り外し可能で
ツボバーを使用する際には2つのピンの場所を変えて
このようにします。
これがツボバーを利用する時の状態です。

20170118_141800

私はこの状態ですぐに利用できるように
ツボバーを常にデスクに置いていました。

ツボバーのレッスンが消滅し
私自身もインストラクターを引退し
指導現場から遠ざかっても
常の私の手に取れる距離に
ツボバーがありました。

実際、今も近くにありますので
15年くらいずっと共に歩んでいる事になります(笑)

今思うと・・
私は15年間
自分が気づかないうちに
このツボバーを復活させたいと
思いが潜在的にあったのだと思います。

その3に続く

誕生秘話 その1

2016年5月27日に
一般社団法人日本からだワーク協会を設立致しました。

協会の概要・理念などはこちらをご覧下さい。
日本からだワーク協会HP

からだワーク協会の一つ目のプログラムが
からだバー®エクササイズプログラムです。

karada_bar_pin
からだバー®

このからだバー®をどこかで見たことがあるという方もいらっしゃると思います
指導暦が15年くらいある方であれば知っている方も多いはず。

平成12年頃にツボバーというツールが存在し
ツボバーエクササイズというプログラムがあったのです。

その開発者は、中村慎二氏
当時、男性エアロビクスインストラクターとして超有名であり
とても知的でユーモア満載の方です。
レッスンも同様に知的かつユーモア満載の個性的なプログラムでした。

そんな素晴らしいレッスンをされていた中村氏は
実は私がインストラクターになったきっかけの方なのです。

 

平成12年頃
中村氏が、ツボエクササイズ協会を設立し
ツボバーエクササイズの認定セミナーが開催されたので
すぐに参加し、はれてツボバー認定インストラクターとして活動をし始めました。
当時私は32歳くらい(笑)

のちに改名
ツボバー認定インストラクター ⇒ ツババーメイト
ツボエクササイズ協会    ⇒   ツボエクササイズ研究会

これが平成12年頃の資料の一部です
現在、平成29年・・17年前の資料です
※偶然見つけました(笑)
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●ツボバーエクササイズとは
2本の親指だけでは1人ずつしか押圧が出来ない・・
何とかグループを対象に指圧に近い疲労回復効果を
提供できないものか・・
という願いからツボバーエクササイズが誕生しました。

ツボバーは、設計段階から身体の各部位の押圧が
可能である形状を目指したこと。
そして、使用初期段階ではトレーニングされた指導者の
インストラクションが提供されることがギアコンセプトに
盛り込まれていた為に、健康グッズショップで販売されている
商品とは決定的に違う点が多々ある。

※中村氏作成資料から抜粋
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その頃、私は26歳からスタジオ経営をしていましたので
備品として50本程購入し、自分のスタジオで指導し始め
参加者(おば様)からはかなり評判を頂きました。

しかし、その数年後研究会からの発信や勉強会が少なくなり
協会はなくなりました。

協会がなくなると
ツボエクササイズの事をブラッシュアップできるのは協会でしか
できなかったので、指導クラスも自然的に消滅していきました。

その2に続く